天長節に当たり皇国臣民の一人として謹んで陛下の弥栄と長久を御祈念申し上げ奉ります
- cordial8317
- 2024年4月3日
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本日は天長節。皇国臣民の一人として謹んで陛下の弥栄と長久を御祈念申し上げ奉ります。
我が国は、神武肇国の昔より、歴史の経験から学び、数々の伝統及び制度が生み出されてきた国家である。そんな中で、永遠に無くなってはならぬものが天皇を戴く国家の在り方であることは言うを俟たない。
2684年の永きに亙り、万世一系の天皇を戴き、常に国民や世界の平和を祈り続けておられる天皇を、国民は太陽と同じく善き至高の存在として崇め暮らして来た。天皇を族長と仰ぐ君民一体の家族国家が日本国であり、「天皇即日本」「日本即天皇」の天皇国家こそが我が国の国柄であり、皇統の歴史こそが象徴である。
天皇の御代が栄えることは、即国民の代が栄えることでもあり、この国體の精華は万邦類を見ないところである。正に、世界に冠絶した「君が代」の世界が厳然と存在する国こそが、我が国祖国日本なのだ。
陛下は、憲法下での象徴天皇としての御立場を御理解成された上で「公務の重み」を語るが、象徴天皇が絶対化し、憲法の呪縛から逃れることは出来なくなる危険を孕む。天皇とは祈る存在であり、祭祀が軽減、簡素化される中で、国事行為や公務が最優先されるのは、祭主としての天皇の存在を軽んじている証左に他ならない。
国事行為や公務なんぞ、それこそ女性皇族が補佐すれば好い。祭祀を重んじよ。抑々、天皇というのは憲法以前の存在であり、憲法が在って存在せられるものではない。明治憲法第一条の「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」こそが歴史的事実であり、本来在るべき天皇の姿を明示されたものと勤解する。
東条英機は遺書の中で「天皇陛下の御地位および陛下の御存在は、動かすべからざるものである。天皇陛下の形式については、あえて言わぬ。存在そのものが必要なのである。それにつきかれこれ言葉をさしはさむ者があるが、これらは空気や地面のありがたさを知らねと同様のものである」と述べているが正しく。
故安倍首相を支持した営業保守派らは憲法九条改正に躍起だが、国防とは領土主権だけではない。「国防とは、それを失えば日本では無くなってしまうことを護ること(三島由紀夫)」であるなら、皇統を死守することこそ肝要であり、ならば憲法九条より、第一章「天皇」の条項こそ議論すべき喫緊の課題であろう。
天皇や皇室に関わる「第一章」の条項の矛盾と問題点を明らかにして、如何に現憲法が皇統の歴史に相応しくないかを国民に示せば改憲は容易である。第九条より、天皇の違憲状態こそ解消すべきだが、退位特例法案を強行して天皇の大権である元号制定権をも簒奪した自民党政権は第一章を見直す考えは毛頭ない。
第一条は「天皇の地位は主権の存する日本国民の総意に基く」と在る。反天皇を叫ぶ共産党などが存在する限り「国民の総意」ではないということになる。つまり天皇の地位は共産党が指摘してる通り違憲の存在となっているのだ。その共産党が「女性宮家」や「女系天皇」を容認し、推進している意味を知るべきだ。
第四条第一項は、「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」と在るが、これこそ都合の好い天皇の政治利用ではないのか。譲位遊ばされた上皇陛下は、この第四条を念頭に「憲法の定める国事行為を、高齢もあって全う出来なくなった」と、吐露遊ばされただけである。
四条第二項に「天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる」なら、第七条に明記されてる天皇の国事行為を皇太子殿下や秋篠宮殿下が輔佐する環境を整えれば済んだこと。
あの御発露を受けて執るべきは、天皇条項の見直しだったが、何故か「生前退位」なる共産党造語が流され、国民世論を誘導し退位特例法案が成立した。その後は元号制定にしろ関連行事は安倍の独壇場となった。
陛下や皇太子殿下の御言葉はその影響するところは大であり、正に「綸言汗の如し」。飛び出した汗は体内に戻らないと同じく御言葉の影響は大きく、また御自身のことでもある憲法第一章を語ることはない。
陛下は、政治家の様に口先で誤魔化すことは、その御地位、御立場と崇高な御人格がそれを許さない。ところが、質問する記者団といえば海千山千の強か者ばかり。恰も、天皇や皇室を理解している様に取り繕ってはいるが多くは皇室に批判的な輩である。少なくとも尊皇絶対の大義を弁えている記者はいない。
ノスタルジアな左翼思想に被れ、反天皇、皇統断絶に与する記者らは、陛下との一問一答形式に拠って、御言葉を引き出し、言葉尻を捉えて政治問題し、世論誘導を謀る。「開かれた皇室論」に基く陛下や皇族への定例会見は一切拒絶するのが妥当であり、宮内庁は別な形での国民への御発露の方法を考えるべきであろう。
日本という奇跡の国に生を享け乍ら、反天皇の不遜不敬、不届至極の不逞の輩がいるのは、戦後民主主義に由る弊害であり日本人の精神的幼稚さの現れでもある。「天皇制打倒」を目指す日本共産党や立憲民主党ら左翼陣営が「女性天皇」や「女性宮家」の創設や「女系天皇」容認に狂奔していることこそ何かを況や。
皇統破壊の一里塚であった天皇退位法案を強行した自民党政権は、保守票欲しさにまやかしの憲法九条改正を謀る。取り敢えず憲法九条改正は究極の護憲運動であり、現憲法下で天皇を傀儡に仕立て上げる。
これらの危機を救い、奸賊を排し、迫る来る祖国の危機に対処し、天皇国日本を盤石の安きに置く使命を有するのは右翼民族派である。正にその存在の意義を示す神機は近付きつつある。全愛国者諸君、一旦緩急に備え、遺憾無きを期そうではないか。すめらぎいやさか、すめらみこといやさか。すめらみくにいやさか。皇紀2684年天長節にて。

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